『<達者な死に方>練習帖-賢人たちの養生法に学ぶ』に学ぶ ④

黑田よしひろ

2015年11月10日 09:55

そこで、『今日から始める養生訓』現代人にこそ貝原益軒の教え(著者・帯津良一)の新書の

まえがきから引用します。

 養生というのは、文字通リ、生命を正しく養うことです。タバコや酒をやめるとか、ジョギング

をするとか、玄米を食べるとか、そんな安っぽいものではありません。生命というのは、躍動する

ことでエネルギーが高まっていきます。生命を躍動させるには、心がときめかないといけません。

 タバコ一本、ビール一杯にときめけば、それは立派な養生です。

 そして、大事なことは、いくつになっても、高い志をもって生きることです。明日死ぬとわかって

いても志はなくしてはいけません。私は、死ぬときが一番最高のエネルギーになるように生き、

そのエネルギーで一気に死後の世界に突入しようと言っています。その気持ちが、養生の

根底にはなければなりません。

 いつから、養生が、健康法と同じように思われるようになってしまったのでしょう。生命を扱う

べき養生が、健康とか長寿という狭い枠で語られるようになって、人間の質も縮こまってしまった

ようにも思えます。

 本物の養生が語られ実践されていたのは、私は江戸時代ではないかと思っています。戦乱の

ない太平の世の中で、人々はのびのびと生きていました。自分の内面を見つめ、人の生き方

にも敬意を表する余裕があったのでしょう。そういう中で養生の達人が登場します。

 私は、『養生訓』の貝原益軒、臨済宗の名僧である白隠禅師、『言志四録』の佐藤一斎を

養生の三巨人と呼んでいます。本書では、彼らを軸に、本物の養生とは何かを紹介できればと

思っています。 と、あります。

 映画でいうところの予告編の紹介です。今一度、じっくりと読書されることを重ねてお薦め

いたします。       72歳、高齢者・障がい者後見人のブログです。

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