被後見人・Sさんの場合 ③

黑田よしひろ

2016年08月29日 09:29


 □その年の4月、桜の満開の頃です。 「Sさん、今一度行きたいところはありませんか?」と

お尋ねしました。 「う~ん。特にないけどな~」とのことだったのですが、「奈良の斑鳩イカルガに、

ポックリ寺というのがあって、そこにお参りするとポックリ亡くなることができるようですよ」と失礼

を省みず申し上げたところ、「ぜひ、行ってみたい」とのこと。

 なぜか、下着を持っていって、「苦しまずに死ぬ」ことを祈願するのです。ことの他、熱心に

お参りをしておられました。清々しいお顔をされていました。

 満開の桜の鑑賞もこれが最後との心境だったのでしょう。遠い彼方を見るような眼差しと

何かを回想するようなお姿がとても印象的でした。

 その帰途、レストランに入って昼食ということになったのですが、Sさんは、普段あまり食べ

させてもらっていないといわれる「かつ丼」を所望されたのです。

 「え~、大丈夫ですか? そんな消化の悪いものを」と同行のヘルパーさんたちは反対

したのですが、私は「食べたいものは食べてもらいましょう」と言って(ときめき・ときめけば

ビールを飲んだっていいのだ。と、帯津先生のご本にもあったからです)注文し、

「食べたかったんや。最期の晩餐や!」とSさんは喜びながら3分の1ほどお口に入れられ

ました。    続く

  

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